原田芳雄『プカプカ』に捧ぐ
思えば自分の高校時代はラジオが生活の中心だったような気がする。部活の練習もそこそこに帰宅するとすぐ寝る。たっぷり3時間。夜の8時すぎに空腹で目覚め、ガツガツ夕飯をかき込むと自室に戻り勉強もしないでAIWAのラジカセと向き合う毎日だ。本屋で音楽マガジン「FMファン」を立ち読みしてはミッシェル・ポルナレフ、レオン・ラッセル、シカゴ、ギルバート・オサリバン、Tレックスなどをエアチェック。カセットにダビングする時は曲の前後に入るDJの余計なお喋りは録りたくないので、曲紹介の喋り終わりギリで赤いRECボタンを押し、曲ラストの余韻ギリでトークやCMが入り込むまさに寸止めで録音を切るSTOPボタンを押す。当時の多くの高校生がこの匠の技を磨き上げていたに違いない。曲が手に入ったら、ダブルカセットを持っている友達の家で好みの曲順に並べ直して自分でDJコメントを入れる。曲と曲の間を深くディゾらせたりする凝りようだ。C-60、C-120といったおびただしい数のカセットばかりが部屋に溜まる。そんな中、自分にはTBSラジオの深夜放送が特別だった。「パックインミュージック」である。野沢那智、白石冬美のナチチャコパックのもうひとつ別の広場のお題拝借。愛川欽也のじんじろげの唄。コータローパックもギター片手に、曲をコピーするため写譜しながら聴いていた。
そんな深夜放送の中でもとりわけ異彩を放っていたのが『緑ブタ、ブッ、ブッ』『苦労多かるローカルニュース』のフレーズがお決まりの林美雄の深夜3時からのパックインミュージックである。名作映画「八月の濡れた砂」も藤田敏八も石川セリも憂歌団もその番組で知った。アングラという言葉の意味もよくわからない高校生にとって妙にタバコとウィスキーの匂いのする別世界だったように思う。当時その番組でしかかからない曲があった。原田芳雄の『プカプカ』である。西岡恭蔵の作品だったように記憶している。秘かに医者をめざしていた自分がATGやヌーヴェルバーグの作品に出会って映像の道に大きく舵を切ってしまう頃である。当時、原田さんやその後鮮烈に登場する松田優作らに影響を受けた男たちはミスタースリム・メンソールなど長めのタバコを好んだ。その後、ほぼ10年後。テレビマンユニオンのドラマの制作現場で原田さんと一緒になった。作家、林真理子の出世作であるドラマ「星に願いを」(主演/桃井かおり)である。原田さんは桃井さん演じる都会暮らしに慣れない主人公が心を許す町の占い師、新宿の父という役柄。スクリーンで見る匂い立つような悪のイメージで緊張して初めて衣装合わせに臨んだら意外にも声の高い、素顔は優しいオジサンだった。得体の知れない占い師の人物造形のためヒッピーのバンダナや首飾り、そして最も原田さんがこだわっていたのは、大きな指輪だった。ごつい指に角張った金色の指輪。
ある夜、新宿の伊勢丹前の交差点でゲリラロケをした。新宿の父が占い師として街角に座っているシーン。少し離れたクレーン車に乗ったカメラで原田さんの遠景を狙うのだ。
雑踏が行き交う街角にじっと客を待つ男占い師。撮影が終わり、撤収準備をしていると、ふと、見知らぬおばさんが原田さんに近づき、手などを見せて話しかけている。あわてて近づくと原田さんはとても丁寧におばさんと喋っていた。彼女は、あら今日はもう終わりなの、と言いながら街へ消えた。よく見ると原田さんは鼻に汗をかいていた。「いきなり客が来ちゃうんだもん。びっくりだよ」とまた少し甲高い声で少し嬉しそうに笑った。いい役者は、忘れられぬ作品と何気ない素の表情を残して走り去る。合掌。
(加藤義人)
(2012年3月)







