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Y's cafe 五代目社長の眼

「世界が君を求めている」

ある番組を放送したいと外国に住む方から相談があった。
こういった打診をお受けする時、しばしば価値観の違いに驚かされることがある。自分たちに求められていることは何かと真摯に向き合うことが必要だ。
それこそ等身大の自分を見直して新たな発見をさせてもらえるチャンスだと喜べばいい。ニッポンの何を注目しているのか、それはそれは深い。



マレーシアボルネオ島。
サバ州を貫きサンダカン近郊に注ぐ全長1500kmのキナバタンガン川流域には多くの野生生物が生息している。自然の森が開発され、プランテーションや耕作地の広がりにともなって住む場所や生息域が少なくなる。森は川沿いに狭まっている。
ここに住むゾウがいる。アジアゾウの亜種の一つであるボルネオゾウは世界で一番小さいゾウと呼ばれ、他のアフリカゾウ、アジアゾウに比べるとふた回りほど小さい。小さいといっても体の高さが3m近くの野生の生き物である。実際に森で遭遇すると時ならぬ闖入者である我々に対する威圧感、凄みはハンパない。
その地域のゾウに最も知られた男がいる。バートさんだ。イギリス、アメリカ、オランダなど各国のゾウの生態調査に協力してきたフィールドリサーチの専門家であり、常に野生ゾウとの接近の機会を持ち最も近いフロントラインに立つ。
ゾウは嗅覚に優れた動物である。一定に距離を持って近づくためにはある“儀式”が必要だ。ゾウに我々の匂いを覚えてもらうことだ。最初は時間をかけて匂いとともに自己紹介をするのだ。バートさんは獣医でも動物学者でもない。長く自然保護の国際機関や諸外国の研究プロジェクトのフィールドワークに携わってきた、経験に裏打ちされた圧倒的な自信がそこにある。
興味を持ったゾウが近づくと彼は素手で正面に立つ。決して大声を出したり無駄な動きをしない。あくまでも静かにゾウを見据える。時にはゆっくりと手をかざし、相手を制する。物腰はしなやかな剣豪のように思える。対峙するゾウとバートさんに独特の間合いが存在する。今回、バートさんの導きで我々はいくつもの貴重な瞬間に立ち会うことができた。



ロケの同行を終えたバートさんは新たな次のフィールドへ向かう。ある研究機関からの依頼でゾウにGPSを付けるための協力をするのだという。別れの時、日本側スタッフの丁寧な仕事ぶりを褒め、次に日本へ行くことがあったら、どうしても手に入れたいものを発見したと微笑んだ。それは、最新式GPSでもなく、高画質携帯カメラでもなかった。
バートさんはこんな凄いものがあるなんて知らなかった、とあるスタッフのもとへ近づくとしゃがみこみ、そのスタッフが履く長靴を指さした。どう見てもそれは何の変哲もない普通の長靴で特別な仕掛けがあるようには見えない。これと同じものが欲しい、と。バートさんが驚いたのは長靴の軽さだった。彼が履いている長靴は、本格的アウトドアの中でもプロ仕様といった頑丈なものでデザインもすこぶるいい。
聞けば長靴に注目したのはロケの三日目にさかのぼる。動物を撮りながら下流の川岸でスコールが来たので、取材班は厚い雲を恨めしげに見上げながら昼メシを食べた現地の家で軒先ならぬ一角を借りて雨宿りをしていた。家の若奥さんが気をきかせて熱いコーヒーを振舞ってくれた。疲れが吹っ飛ぶような南国特有の砂糖たっぷりの甘さだった。その時、スタッフは各自、長靴を脱ぎ入り口に立てかけていた。遣り過ごすには小一時間かかりそうだった。雨足が強く吹き込んで履物に降りかかるのを嫌ってバートさんが最初に自分の長靴をつまんで移動させた。ごく自然に彼がスタッフの長靴をつまみ上げた時に劇的な瞬間が訪れた。信じられないほどの衝撃を受けたらしい。
わあ、めちゃ軽っ!
あえて申し上げるまでもないが、スタッフが履いていたのは何も特注仕様のものでは全然ない。買った店も忘れてしまうほど普通のホームセンターで超軽量のシールだけ見て、それも格安でスタッフが購入したものだった。
野生動物のフィールドワークで湿地帯含めて日に何kmも歩きまわるスペシャリストにとって、軽快に移動できることはまさに死活問題らしく、少しでも軽いものをと、今までさまざまな種類の長靴を試してきたらしい。日本の長靴のおそるべき軽さに打たれた瞬間だったに違いない。
我々、日本側スタッフはバートさんが履いていたかっこいい長靴に憧れていた自分を恥じたり、心の奥底ではノドから手が出るほど欲しがっている自分を許せてもいる。
今、自分たちは日常生活の多くの場面でうわべだけ見て、納得してはいないだろうか。ラベルや他人の評判、見てくれだけを気にしてその実、大切な本質からはずれているのさえ気づかずにいるていたらくになっていないだろうか。改めて見つめてみると、ニッポンのモノや心にも案外、海外の人たちが大熱狂するものが潜んでいるに違いない。ホントはゾウさんのフンまみれでなかなか落ちない靴底の溝に入り込んだ泥を木の枝でほじくりながら、半ばお役御免で捨てて行ってもいいかな?いいとも!と思っていた自らを恥じてしまった。
スタッフは皆、水場で黙々と長靴を洗うのであった。
こういう出来事がある時の番組はきっと面白い。
(2016年6月)


(加藤義人)