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Y's cafe 五代目社長の眼

「特等席」

昼すぎから15度という暖冬にしても温かい正月三が日。雑事に追われて年の瀬には手がつけられなかった玄関周りの枯葉を掃き、大雨が降るとたちまち水溜りができてしまう側溝の細い縁に溜まった土や細かい泥をマイナスドライバーで掻き出す。延長ケーブルをつないで掃除機を持ち出しブンブンかけているとご近所さんが犬の散歩帰り。正月早々、騒がしくしてスミマセンと頭をさげる。枯葉を一袋にまとめようと力まかせに押し込むので小枝がゴミ袋のあちらこちらを突き破って掃除下手まるだし。しばし手をとめ道行く人をぼんやり眺める。フリース姿に破魔矢を挟んだ初詣帰りの初老の夫婦をよく見かける。国際、政治経済、生活関連など課題山積みの日本なのに、空だけが抜けるように青い。セスナ機が遠くの空に飛んでいる。

私は、「夜と霧」を読んでいる。
学生時代にむさぼるように頁をめくり、衝撃を受けて以来、手にとった。
「人生の意味は自分の中にはない。」
ヴィクトール・E・フランクルが自らのアウシュビッツなど強制収容所での地獄のような体験を書き綴った名著。限界に置かれた人間の姿が描かれている。正月だからこそ、問題作を読む。それは自らの中での危機感を消さないための無条件反射であり、問題意識を風化させないための小さな抵抗なのであろう。激烈な描写に哀しみや怒りを越えて憎しみの拳を握る。読み進めるとあわれに砕かれる人の精神の底流に潜む、どす黒い業のような得体の知れないものの存在があわれにも感じられる。人間の仕業に無力さを思い知る。ふと耳には公園の子どもたちの黄色い声が飛び込んでくる。愚かな戦いも賢い戦いもない。
学生の頃、憑かれたように古本屋をめぐり、みすずの本ばかりを漁るように読んだことがあった。大学の学食の陽当たりのいい窓際のテーブルの端の席に陣取って紙コップのコーヒーで何時間もページをめくりつづけた。学生たちのしゃべり声、食事を乗せたトレーや食器がぶつかり合う金属音が混じる学食の喧噪は案外心地よく、大人数の中でもたったひとりに埋没できるいわば“特等席”は不思議なベースノイズに包まれ、本の世界に没入することが容易い。美学、心理、社会史、科学、哲学…。
みすずの本を一冊読み終えるごとに少し大人になって行く気がした。



「椅子」という言葉の「椅」という漢字は元々、人が何かに“寄りかかる”ことから作られた漢字だと聞いたことがある。寄りかかる席と言えば寄席だ。「よいしょっと!」上野、鈴本演芸場で生で見た時の圓鏡さんのパワーは凄かった。五代目・月の家圓鏡、のちの八代目・橘家圓蔵である。【客にどっと受ける】【客がどっと沸く】という表現のまさに【どっと】という形容詞そのままの音圧と興奮してたぎる熱い空気がそこにあった。一方で月の家圓鏡という人はテレビだった。「お笑い頭の体操」の軽妙なやりとり。「うちのセツコが」と奥さん名でどうやらこわい女性らしいこと。平井に本人いわく大豪邸を建てたらしいこと。「エバラ焼肉のタレ」のCMやラジオ「圓鏡のハッピーカムカム」など圓鏡さんの声を聞かない日はないほどだった。父から使用を許されたオープンリールやカセットテープのデッキに落語を録音してはそれこそテープが擦り切れるほど何度も聴いた。円生、志ん朝、談志。
小学校の時の『お楽しみ会』と名付けられた児童の発表会があったとき、私は落語をやった。家から座布団、扇子、手ぬぐい、せめて落語家風な格好だけでもと羽織替わりに父か祖父が寒い日に引っ掛けていた冬のどてらを風呂敷にくるんで登校した。教室の机を幾つか並べると先生がどこからか出してきた緋毛氈を敷き、その上に持っていった客用の座布団を置いて即席の高座となった。「人は十人十色と申しまして気が早い人もいれば、えらくのんびりされている方もいる」との枕で始まる圓鏡の「堀ノ内」のようなものを演じた。きっと子ども心に、圓鏡の笑いの爆発力を信じて、同じクラスの子たちに受けるのはこれだと秘かに思案した末の演目決めだったのだ。ドジで早合点な父親が堀ノ内のお祖師様から帰り、タケという倅をお湯屋に連れていく。お前も随分と大きな背中になったなと息子の背中を流しているつもりが、父はお湯屋の羽目板を洗っていて笑われるというオチである。クラスの友達は僕が座布団の上に座るだけで大笑いした。あまりに色々なとこでゲラゲラ笑うので、反対に緊張してしまった。あれ以来、人前で落語をしたことがない。



石狩川旭橋の河畔に超巨大な『あさっぴー』が現れた。幅100メートルを優に超える雪像は巨大なすべり台になっていて子どもたちの歓声が上がっている。温かい料理と手軽なグルメが味わえる「冬マルシェ」で焼きまん、塩ざんきを頬張る。旭川冬まつりには手作りの感覚が行き届いている。
旭山動物園では冬の夜の動物が観察できる「雪あかりの動物園」と題して夜8時30分まで開園している。マイナス5度を示すデジタルサインが雪に少しかすんで見える。職員が手分けして作ったアイスキャンドルがおだやかな灯りで夜の白い雪を橙色に照らしている。夜行性の動物たちも動き回り日中とは違う姿を見せる。暗さが心地いい。
園内をすれ違う客が良かった、綺麗だったと会話しているのを耳にしてつい、ぼんやりと白い雪の地面に何度かすってんころりんしながら園内のある場所をめざす。さる山だ。何組かの親子が雪の中、毛づくろいをしている。活発に動く一頭が山の頂に跳び上がる。新たな特等席を見つけた。昼間真っ青だった天空が日の入りを過ぎて、真珠色と茜色のグラデーションの微妙な色合いに変化する自然のホリゾントをバックにシルエットに浮かぶさるの動き。そこは旭山市街の“街の灯り”が見晴らせる絶好の夜景ポイントなのだ。寒い冬こそ、美しい。



人は気づかぬうちに、自分だけの特等席を探している。
テレビでも映画館でもライブ会場でも心許せる場所があり、束の間人生を豊かにしてくれる空間は充足感に満たされる。我々は、誠実にモノつくりに向き合う。テレビジョンでもモニターでもスクリーンでも舞台でも。映像を創ることは、「場所」を創ることでもある。
それが誰かの“特等席”でありたい。
(2016年2月)


(加藤義人)