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Y's cafe 五代目社長の眼

「世界が広がるとき」

メニューが決まり、スタジオの地図が約束の場所となる。
編集の途中に音楽録音があるのはとても刺激になる。私は、音楽録音におけるある種の居心地の悪いお客様感がたまらなく好きだ。大きめなスタジオに弦のグループが楽器を抱えて入り席に着くとマイクのセッティングが始まる。
巨大な調整卓の中央にミキサーがいて、録音の指定箇所を指示して進行していくオペレーターの軽快な段取り確認で録音のプロローグが動き出す。演奏者のリーダーと打合せを済ませて晴れやかな顔で横山さんが戻ってくる。ミキサーのすぐ後ろ、かつ、私の目の前に座るとテーブルに譜面を広げていく。では、M1から
さあ、今日もスタジオ録音で生まれる音のシャワーを浴びるのだ。

美しく
ワッと出して
25の二つ前から
自然に

ドラマのオリジナル音楽を創るプロセスの醍醐味は、ほわんとしていたアイデアがある日、音符となって目の前に現れるといきなり色をまとって自由に動き出す瞬間がまず最初にもたらされる僥倖の扉かもしれない。
あなたがもやもや考えていること、あなたがやろうとこだわっていることの話を聞いてそれをヒントにメロディをこしらえてみました。今を生きるあなたはこんな色をしてますよ、と。不思議な鏡で普段は見えない角度の自らの姿をはっきりと見せてくれるのだ。だから、作曲家の人とはいつも真剣に向き合う。
今回、横山克さんにお願いした。あるドラマに滑り込んでいた曲を聞いて、この人の音符は心の深い所に届くんだなと直感した。最初の音楽打合せの時もきわめて聞き上手な人だと思った。シリーズに通底する命ということ。その重さ。北の大地が持つ独特の抒情性と物語の芯のありか。どこかERにも似た動物の病に対応する者たち。獣医と飼育係の命に対する距離感の微妙な差異、きっと伝えたくて、伝えたくてたくさん喋ったろう。横山さんは静かに聞いていた。最初に彼の口から出たのは白い色だった。ぼく、長野出身なので雪があまり好きではなくて。そうかこの人は大きい空を見て育ったんだなと思い安心する。

フォルテがメゾフォルテで
二小節間でディミヌエンド
Gから色を変えたい

横山さんに現場で私が撮った写真、一部シークエンスの映像を短く見てもらう。
参考資料の中でもビジュアルなものは多彩な引き出しを開く魔法の鍵なのだ。ほどなくしてデモテープが届いた。早くもメインモチーフが形作られる。早速、ラフなシークエンス抜きの映像に当ててみる。音は映像の奥行を変える。今まで気づかなかった役者の表情の変化に目が行く。ということは、曲が芝居の行間に入り込む力があるということだと勝手に思っている。メインテーマがいい。何度も繰り返し聴く。

勢いと柔らかく
75から八小節いきます
入る感じ
ここの休符ははっきり欲しい

横山さんの演奏者への言葉は簡潔でわかりやすい。制作Pの竹村は神妙な表情で聴いている。音楽Pの友野は隣で目を瞑って少し頷きながら瞼の中の音符を追いかけているのかもしれない。 私は曲を聞きながら忙しさにばかりかまけて走りつづけている自分を省みる。物事を丁寧に思考するくせをつけねばと常日頃思っているが、刹那的な生き方ばかりで恥ずかしい。
ドライブ感がある曲調の録音に進み、ふと、カホンの音が聞こえた。たしか南米で生まれた四角い木箱のような楽器である。でこぼこ道を行くとストリートミュージシャンが原色のTシャツを着てひたすらパーカッションに向かっている。少しのどが渇いてコロナビールかなとか夢想していると、ふと、あの人の顔が浮かんだ。「7Dっていいよね」坂東三津五郎さんはカメラや画像にこだわり、何よりそんな話が好きだった。確か最初の会話がそれだった。毎日芸術賞の授賞式で隣り合わせになり、式の合間にカメラ談義で盛り上がった。三津五郎さんが担当されていた世界の街道をゆくの語り口調についてのこだわりについて聞いた時だった。
「あの番組すごいまとめて収録するんだけど、その度ごとに海外の風景見てるからなんか色んなとこに行った気になるんだよな」
「何気なく道ばたで子どもが揚げパン食べてたりするじゃない、そういうの見ると行きたくなるんだよ海外に」日本人にとって世界を伝える番組は絶対なくならないから君のところは、食いっぱぐれることはないよな。と三津五郎さん流エールをいただいた。そんな軽口をしながらも三津五郎さんは式次第で登壇すると極めて居ずまいの凛とした風格ある和服姿で伝統文化を丁寧に語られていた。いつか海外に行きませんか。「行きたいねえ、野武士のような集団だもんな君んとこは」いえ、あなたこそ、腕の立つ野武士に違いありません。合掌。

又吉さんの「火花」は乾いた文体がいい。
文学で使われる人の心をふっと動かす“律動”のようなものが感じられた。
冒頭の熱海の花火大会の描写も太鼓や笛の音が盛んに流れて喧噪の中に主人公とともに引き込まれていった。書きたい意志ある人の文章はいい。

ダイヤモンドからセカンドビオラが出てくる
ポォルタメント
歌うように
イングランドからのビオラ
ニュアンスは柔らかくボリュームはだす。
52の3拍目で。
レはナチュラルで。

音楽録音の時の作曲家の後ろ姿は匠そのもので神々しさがあり十人十色のスタイルだ。スタジオの中央に陣取って振るひと。調整卓の前で少し斜めに座って微動だにしない人。本日の横山さんは私の目の前で立ち上がり、譜面を目で追いながら指揮をしている。時おり赤鉛筆を走らせ、素早く書きこむ。フットワークよく軽快にスポーツをしているようにも見える。でもなんとなく皆さんに共通の動き方がある。それは、どんな方も時折、ふっとお茶目な顔して振り向くのだ。遊びに興じる子どもがもう少しこのまま遊んでいてもいい? 的な天真爛漫な瞳の輝きだったりするのだ。創ることに熱くなっている人がふと一人であることに気づいて周囲に何かを求める時のように。

横の流れで。
70のファーストを白玉にします。
58休符になっているところをSで。
刻み系で力強い感じで。
白玉にテヌートつけて。
バッチリ!

音楽録音は収録を終えた楽器から消えていく。
私は祭りのあとの一抹の侘しさを心の片隅に載せながら、お疲れ様でしたとプレイヤーの背中に声をかける。編集室に戻って早く映像と合わせて聴いてみたい。春は大切な一歩のはじまりでもある。
さあ、音楽をまとって街に出よう
(加藤義人)

(2015年3月)