アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ゆとり教育 ~戦後最大の教育改革、その光と影」

アナザーストーリーズ 運命の分岐点 「ゆとり教育」

【ゆとり】ー余裕のあること。窮屈でないこと。(広辞苑より)

人とは、自らが受けてきた教育の以外の教育のことを肌で実感できないのではないか。「詰め込み教育」と呼ばれたあの時代の教育のことを、僕はあくまでも想像でしか考えることができない。
受けてもない授業や教育のことで、頭が悪いとかのレッテル貼って貶されなきゃいけない理由はなんだろう?
そんなことを思って始めたこの「ゆとり教育」というテーマ。
僕自身、今年4月にこの会社に参加したので学校というものはまだ身近だ。
「国家」の教育について思うことがあるのは、保育園から大学院まで国公立で育ったからだ。

取材や撮影・ロケで様々な人たちからお話を伺ったが「ゆとり教育」を考えた人たちも、作った人たちも、それを批判した人たちも全力で「子供たち」のことを考えていた。「子供たち」ってなんだろう?「未来」。今よりも少しでもより良き時代のため。だから「ゆとり教育」の論争は少しでも良い次の時代を求める人たちの熱狂の産物だったんだろう……
そんな「ゆとり教育」が始まったのは2002年4月1日。僕はその日小学校5年生になった、そしてその日こそが当時の新学習指導要領施行と共に始まった「ゆとり教育」の始まりの日だった。小学校・中学校で土曜日は完全休みに、学習内容はそれまでと比べ3割削減、それと新たに「総合的な学習の時間」という授業が導入された。全ては子供たちに「生きる力」をつけさせるために……

今回ロケである小学校の先生が言っていた言葉がある。
“「ゆとり」ってゆっくりやるということではなくて、とことんやるという意味。「ゆとり」と呼ばれる時代でたくさん学びはあったはずじゃないか。」
今や「ゆとり教育」を受けた子供たちも、30代や僕のような20代の若者に。「ゆとり世代」というレッテルも貼られ、きちんと「ゆとり世代」を怒るときのテンプレートが世の中やネット文化の中で用意されている。
学力低下、仕事しない、社会性がない、etc.
そんなようなつまらないレッテルで見られている僕ら「ゆとり世代」。
そんな僕らはどういう教育で育ったんだろう?
そんな僕らが受けた教育の裏にはどんなヒストリーがあったんだろう?

「ゆとり教育」というストーリーから産まれたものは「若造」という不良品と苦労人?
いやいやそんなことはない。
大谷翔平も、羽生結弦も、朝井リョウも、落合陽一も、ゆとり世代。着々と「ゆとり教育」を受けた子供たちは未来から希望になっている。
そして僕みたいに、毎日怒られている「ゆとり」もそう。野球は上手くなくても、スケートはできなくても、文章は支離滅裂で、博士号を持っていなくても。なんだかんだで一生懸命生きて成長しようともがく若者が今、そこにもここにもたくさんいるんです。
団塊も、しらけも、バブルも(俺たちも金使ってみたかったんだよ!)、氷河期も、ゆとりも、そしてさとりも、全員が含めての「時代」なんだろうな、と思える映像を作りたかった。
だがあーだこーだ言ってるときに、ロケで行った小学校の2年生の子供たちの無垢な笑顔。僕はあの子たちの笑顔を一生忘れることはないでしょう。
あれこそが「ゆとり」という言葉の本当の意味だったんだろうな。
ぜひ、「ゆとり教育」とはなんだったのか、一緒に番組をみて考えてくれると嬉しいです。


※この度たくさんの方々に話を伺いましたが、本編で全員分を入れることはできませんでした。
 誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 この場を借りてお礼の言葉とともに謝罪させて頂きます。
 本当に力不足でした。申し訳ありません。
(池田光輝)

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ナビゲーター

松嶋菜々子

ナレーション

濱田 岳

演出 

谷本庄平
宇都浩一郎

演出補

池田光輝

プロデューサー

髙城朝子

ゼネラルプロデューサー

田中直人