長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~

長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~

今回のドラマスペシャル「長谷川町子物語」のサブタイトル【サザエさんが生まれた日】というフレーズには、さまざまな思いを託した。終戦の翌年、4コマの新聞連載漫画を依頼された時に、長谷川町子が26歳で最初に創作した【生まれた日】があるとしたら、それから、日々の出来事、流行、事件、暮らしの歳時記、家族のありようなどを綴っていった連載の日々こそ、毎日が新しい【サザエさんが生まれた日】なのである。そして7000回近い連載から、テレビアニメへとつながり、また新しいサザエさんが生まれていく。創作の喜びとは素直にそういうことなのではないだろうか。そう、毎日が【サザエさんが生まれた日】なのである。

そこには昭和の風景がある。
サザエさんを読み返して見ると、戦後日本に笑いと心の潤いを届けた長谷川町子は20年以上にわたる新聞漫画連載の中で、季節の風物、タイムリーな社会の出来事などを磯野家という家族のフィルターを通して、実にビビッドに描き続けた。時にシニカルでもあり、時に俯瞰的でもあるが、そこに通底しているのは透徹した目線と現代とは確実に異なる人間関係の距離感と肌触りそのものである。ドラマを創りながら、こだわったのは、<昭和>という時代を描くために、小さなジグゾーパズルのピースをひとつひとつ集めていくことだった。【砂利道】【釜で炊くご飯】【ちゃぶ台】【木枠の窓】【ガラス瓶】【硯箱】【リアカー】【名札】【メンコ】【停電】【風呂敷包み】・・・

                 ☆

〇月〇日
ロケハン直前のある早朝、都内の広大な墓地を初めて訪ねた。様々な色や形の墓石群をひたすら歩いてたどりつく。
落ち着いたグレーの石に長谷川家とだけ刻まれている。長谷川町子さんがここに眠っている。生前の町子さんを知る方に彼女の印象を伺うと必ず口にされる「清楚な」という佇まいが墓石の周辺にはあった。
そこから園内の少し広い道を10分ほど歩く。のらくろが見えた。田河水泡氏の墓だった。師弟にあった二人の巨人はくしくも同じ広大な墓地の一角にそれぞれ眠っている。ドラマを創ることの報告をさせていただき、お二人にあいさつをして、しばし、静かな時間に身を置く。元気なスズメの朝鳴きがあちらこちらから聞こえ、本当に「チュン、チュン」とさえずるのだと妙に実感する。

                 ☆

〇月〇日
長谷川町子さんを演じた尾野真千子さんについて三女、洋子さん役の木村文乃さんが、面白いことを言っていた。「生きている時代が違うので、私は勿論、実在の長谷川町子さんにお会いしたことはないのに、尾野さんと、毎日、ロケ現場で会っていると、どんどん似てくる気がするばかりか、この人が町子さん本人なのではないかという錯覚すらしてしまう・・・」尾野さんの泣き笑いの七変化があたかも存在そのものになっていく刹那に立ち会うことで、人はそこに、温もりや生命力の輝き、人のありようを実感できるのである。尾野真知子さんは素晴らしい役者である。今回、民放スペシャルドラマでは、初の単独主演であり、“座長”は実にしなやかにかろやかに町子像を創る。

                 ☆

〇月〇日
長谷川町子さんの原画を拝見した。その筆致は大胆、かつ繊細である。田河水泡さんの原画も特別に拝見した。「のらくろ」の時代は線が豪胆かと思いきや、キャラクターの動きを表す線は極めて細かくてまたしても繊細だ。実物に触れ、力をもらう。

                 ☆

〇月〇日
ぼくが、最初にサザエさんを読んだのは、幼い頃、週末によく一人で泊りがけで出かけた母方の実家であった。祖母は明治の生まれには珍しく「愛」という一文字名前で、少女の頃、その名前が派手だという理由で、いじめられたらしく、対外的な書類はしばしば「愛子」と記していた。生来、おっとりした性格だが、動き出すと素早く、普段は一年365日、品のいい着物で過ごしていた。
祖母の家の二階の客間は、南向きの二つ続きの和室で昼間は陽当たりがすこぶる良く、障子や襖のしつらえも落ち着いていて、いわゆる上等な造りだった。一本木の床の間の脇に、茶や薄緑の渋い色味の箱がいくつも重なり、季節の掛け軸や古書が納められ、およそ、子ども心には、なにやらそこだけ時間が止まった“触ってはいけないゾーン”であった。続きの小さな和室に蒲団を敷いてもらいいつもそこで寝る。木目の天井に所々浮き出た木の節目の模様が人の顔のように見えて怖かった。その上、客間の鴨居の上には横長の書が掛かかっていた。幼心には、その絵の深山幽谷が妙にそら恐ろしく、ヒトは死んだらどこにいくのだろう、などと寝つけぬ夜を過ごした。部屋の隅に小さな白黒テレビがあり、つけてみるのだが、これの映りがめっぽう悪い。今と違って夜が更けてからアニメなどはやっていなし、映像も音も途切れっぱなしの上、チャンネルを回しても砂嵐のオンパレード。救いはテレビの下の金属製のラックにあった。そこには、いくつかの本や雑誌が置かれていた。題名は覚えていないが水色の装丁の池波正太郎の歴史小説、叔母がバレエ教師をしていた関係でクラシックやモダンバレエ、旅の雑誌などが数冊、それと、サザエさんの漫画本が一冊。いつ行っても置いてあるのは同じ本、同じ雑誌だったので、その客間はあまりぼくが泊まる以外は使われていなかったのだと思う。ぼくは泊まるたび、怖い横長の書を見ないように布団に入ると、繰り返し、繰り返し「サザエさん」を読んだ。

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〇月〇日
漫画家、長谷川町子さんの凄さは、その描写力もさることながら、きわめてすぐれた観察者、目撃者の眼である、さらに、連載を続けることを支えた情熱に託された「思いを伝えたい」という強い意志である。
テーマ音楽を旧知の久石さんにお願いした。台本を読んで久石さんから、モノ作りとしての格闘を描く部分にとても共鳴した。そんな思いを乗せる一曲も作るよと、約束してくれた。表現者、創造者として、「思いを伝える」こととしっかり格闘しているか、あらためて自らに問うメロディに仕上がった。

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〇月〇日
今回は出演者がすごい。気丈な長女の長谷川京子さん。ムードメーカーの三女は木村文乃さん。町子の絵の原点を創った父はイッセー尾形さん。娘たちを強力に引っ張っていく母は、松坂慶子さん。チュートリアルの徳井さんや自らの祖父を演じた市川海老蔵さん、そして、町子の師であった「のらくろ」の漫画家、田河水泡に三浦友和さん。さらに、実写のドラマに登場するのは初となる「サザエさん」まで。笑って泣ける人生そのものがたくさん詰まったスペシャルドラマになりました。フジテレビジョンの開局55周年記念とアニメ「サザエさん」放送開始45周年、二つのめでたいが重なったこの一本は、多くの出演者、スタッフ、関係者の皆さんの熱い思いで結実し、放送に向かっている。町子さんに習い、私も、丁寧に、丁寧に創りました。
(加藤義人)

出演者

尾野真千子

長谷川京子
木村文乃

イッセー尾形
徳井義実(チュートリアル)

市川海老蔵
加藤みどり(友情出演)
 ・
松坂慶子

三浦友和
     ほか

スタッフ

演出・プロデューサー
加藤義人

制作P
竹村 悠

企画
情野誠人
(フジテレビ)

脚本
大島里美

テーマ音楽
久石 譲

監修
長谷川町子美術館

撮影
川越一成

照明
高山喜博

音声
甲斐 匡

VE
林 航太郎

ライン編集
飯塚 守

MA
小林祐二

技術P
石井勝浩

音響効果
赤座聡子

美術進行
村山和彦

美術デザイナー
門奈昌彦

装飾
福田敦司

大道具
佐藤秀雄

衣裳
川口 修

ヘアメイク
大野真二郎
堀 ちほ

美術P
鈴木喜勝

制作担当
柿本浩樹

助監督
廣田幹夫

ライツ担当
晴気美穂

音楽P
友野久夫

制作デスク
村田史江

技術
バスク

美術
アートフォー

アニメーション
エイケン

CG/イラスト
ロボット