モニストワール

井山さんのご主人が亡くなったと連絡があったのは、都会が凍える今年1月末の夜だった。井山さんは私が以前住んでいた場所のお向かいさんで、細長い行き止まり道に面した同士で、とても頼りになる近所づきあいをさせていただいた。温厚な会社勤めのご主人は愛車を磨いたりしながら、よく「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」と声をかけてくれた。時折、野球のユニフォーム姿で軽快に出かけていた。少年野球のコーチをしているということだった。むつかしい病を得てからの66歳の旅立ちは早すぎる。奥さんは家族葬でこぢんまりと送れればということだった。
通夜の日、夕暮れの東京は歩くとすぐに手先がかじかむほど冷え込んでいた。案内された区営の式場へ急ぐ。寺町近くで高速道路の高架橋沿いにひっそりとしたその一角は普段でも人通りがまばらな一帯ゆえ、家族を含めた近しい人たちで故人を送るには静かな時間を過ごせるだろう。
日がとっぷりと暮れ、薄暗い夜道の先にそこだけ明るい場所が見えてきた。人だかりがうごめき、車が何台も乗り付けている。区営の施設ではすでにいくつかの式が執り行われているらしい。井山家の受付があった。そこにはおびただしい数の参列者が並んでいた。若い声がいくつも重なって聞こえてくる。集まってきていたのは、井山さんのご主人が生前コーチをしていた少年野球のチームの面々、そしてかつての教え子たちなど様々な世代の「野球少年」たちだった。私は息をのむほどの光景を前にしてあらためてご主人の生前の徳というものを考えた。通夜の列は驚くほどの長さで続き、最後尾は歩道をはみ出してしてしまいそうで整理のために警察官が赤色棒を振っている。井山さんの奥さんはこれほどの参列者があるとは思ってもいなかったようで、香典返しはとうに尽きていた。きっとあらためて自分史の中におけるご主人の存在、そして家庭以外の場所でのご主人の「自分史」をこの日、あらためて知ることになったに違いない。井山さんの奥さんはただただ遺影に向かって動かず、ご主人の笑顔を見つめていた。傍らにご主人のユニフォームや写真があった。
日々の営みの中に「自分史」があると思う。
番組では、12歳の時、森昌子の人生を変えた一着の赤いワンピースとの出会い。
料理人、脇屋友嗣さんが一皿で伝える自分史レシピ。亡き母への後悔を抱えながらセラピードッグのボランティアを続ける女性。そして、101歳の床屋さんの現役で働く姿を伝えます。ナビゲーターは自分史研究家、相葉徳一。演じるのは名優、イッセー尾形さんです。
オープニング、各VTRの導入部、エンディングはイッセーさんがそれぞれのVTRの世界へ誘うスタイルです。「自分史」という言葉は、偉い人も、まじめにコツコツ日々重ねている人も、分け隔てなく自分の姿を見せてくれる魔法の言葉かもしれません。
101歳の現役の床屋さんの働いている姿には頭がさがります。
モニストワールとはフランス語で「自分史」という意味である。
(加藤 義人)

ナビゲーター・語り イッセー尾形  ナレーション 浅野真澄
出演        森昌子 ほか

企画・GP

加藤義人

P&D

倉岡恭一

D

小松知有

制作スタッフ

日髙正吾

タイトル

宮井勇気