よみがえる藤田嗣治~天才画家の素顔~
神は本当に細部に宿る。ダヴィンチも、牧谿も、1カットに、ひと筆に、疎密の違いが出る。細部を最後まで尽くせる作り手だけが、初めて神がかった総体を手にするのだろう。
そういう意味で、藤田嗣治という画家は不幸な人だった。なかなか、これという総体を手に出来なかった。立花隆氏も指摘するように、細部の密度に比してコンポジションの粗さが際立つのは、細部が余りに密過ぎたからだ。パリで貧困に苛まれ、紙の一枚も無駄にせぬよう描き込み仕上げて来た藤田は、細部の描写を突き詰め過ぎて、口悪い人には画工に過ぎぬとの悪評を得て来た。
ただそういう人は実際の作品をつぶさに観ていないのだと思う。目を凝らせば凝らすほど際立つ繊細な塗り。描線の禁欲的なリズム。細部をこれだけ謹直に突き詰めた人だから、いつか神がかった総体を手に出来る。
ここで更に不運なのが、彼がそれを手にしたのが戦中、国威発揚のため描かれた戦争画であったこと。「アッツ島玉砕」。「サイパン島同胞臣節を全うす」。日本の敗戦で影の作品となったこれらの絵が美術的には純粋な傑作であることは誰も否めない。
こうなるともう不運の画家、と括ってしまいたくもなるがそうならないのは、彼が北斎もびっくり、老いて尚盛んな作家だからだ。言葉はわるいけど、描ければいい、それだけ。おかっぱ眼鏡の風貌や過激な言動に「?」は湧くけれど、彼の最も身体に近い息遣いは、キャンバスと筆との間にだけあったように思う。
そんな作り手の生涯を、いま僕が最も信頼する感受性の持ち主 戸田恵梨香さんと巡って来ます。多作多彩な手強い相手ですが、俯瞰と凝視の両方で、すこしでも知られざる素顔を覗き見たいです。絵から振り返った、筆を持つ画家の素顔を。
(阿部修英)
出演 戸田恵梨香