ミニドキュメンタリー「29歳、満州を描く」
旧満州の光景を、まるでその場に立ったかのように写実的に描く画家がいる。津絵太陽、29歳。かつて満州に渡った曾祖父の足跡を追ったことがきっかけで、当時の風景を徹底的なリサーチと高い描写力でよみがえらせてきた。津絵がいま迫るのは、満州にあった「幻のホテル」。関係者に取材を重ね、80年間埋もれていた史料を掘り起こす。歴史の闇に葬られたホテルの在りし日の姿を絵筆で探った。何を目指し、どんな思いで描くのか。
【出演】 津絵太陽
【取材協力】 埼玉美術学院
S_R gallery
美岳画廊
絢野ナチン
【撮影】 伊藤加菜子
【音響効果】 細見浩三
【編集/ECS】 佐分利良規
【ミキサー】 小野敬太郎
【ディレクター】 池田彩乃
【デスク】 高田寧子(NHK)
【制作統括】 東健介(NHK)
阿部修英
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よく小難しいことをいう友人から
“何かを「理解」するということは、独善的で暴力的な行為だ”
と言われたことがある。
友人いわく「理解」という行為は、自分の外にある対象を、まず言語というナイフでいったん適当な大きさに切り分け、切り分けたパーツを自分の知識と経験に照らして自分なりのくっつけ方で再構築する作業だという。
だとすれば「何かを理解する行為は、孤独で、閉じていて、だから幾分独善的で暴力的な側面から解放されないんじゃないか」。そう言われた。
確かにそうかもしれない、と思った。
対象をその大きさのまま頭に入れたらパンクしてしまうから、切り分け、くっつける過程で、落とされたパーツもあるはず。ある程度、恣意的に取捨選択しなければ「理解」は前に進まない。
でも、その落ちたパーツがめちゃくちゃ大事なものだったらどうしよう。そういう恐れにとらわれる。
私のくっつけ方が甚だ見当違いだったらどうしよう。そういう恐れにもとらわれる。
この番組の主人公である津絵さんを、ディレクターである私が、全て正しく理解できたとは絶対にいえないし、そもそも理解すればドキュメンタリーが出来上がるのかわからない。ただ少なくとも今回私は、ちゃんと理解しなければ…と半ば強迫的に思っていた気がする。
特に映像は、ものすごく暴力的に、映るものの意味を規定してしまうものだと思うから、恐れはさらに強くなった。ドキュメンタリーなら、あるひとやものが経験した時間の流れをぶった斬って、決められた尺(今回なら15分)の中に並べ直さないといけない。とても怖い。
津絵さんは、旧満州を理解しようとしてきた人だ。
出来る限り多くの史料をあつめ、絵には描かないことまで知ってから、キャンバスの前に座る。安易な想像で補わず、実証を尽くすことで、過去に生きた人びとと丁寧に向き合おうとする。その律儀さが、抑制的で淡々とした画面から感じられた。
満州には、本当に複雑な歴史がある。決して一面的に、簡単に片付けていいものではない。
多くの日本人、のみならず多くの中国人やモンゴル人、朝鮮人にとって大きな傷として疼きつづけている。津絵さんもそのことを深く、強く認識している。
満州を語ること、描くことは、とても難しい。
津絵さんは「自分の感情や評価を入れず、史料に基づいてできるだけ客観的に描きたい」と繰り返し言っていた。それは、失われた過去を本当の意味で「理解」することなど到底できないとわかっているからではないかと思う。
また「どんなに調べてもわからないことはある」とも言っていた。
たとえば90年前の白黒写真に映る、建物の外壁についた傷のように見えるものも、本当に壁につけられた傷なのか、ネガの具合でそう見えるだけなのか。究極的には、実際に建物の前に行ってこの眼で見なければわからない。けれど、もうその建物は失われ、見ることはできない。
それでも「どこかで決めなきゃいけないんですよね、じゃないと前に進めない」。
写真を何枚も丹念に見比べ、どの情報を拾い、どの情報を拾わないか、いつか決める。決めなければいつまで経っても絵は完成しない。
これは番組も同じだと、すべての編集がなんとか終わったいま思う。
私は今回「決める」ことをウジウジとためらい、うずくまってばかりいたために、番組制作を支えてくださった方々に、たいへんなご迷惑とご苦労をかけてしまった。先輩方に後ろから腰を押してもらい、前から腕を引っ張ってもらって、ようやく登頂した。
学んだのは、とにかく一旦「理解」を形にした上で、前に進む。その「理解」がどうやら適当でないらしいと分かったら、もう一度形にしなおせばいいということ。
作って、壊して、また作る。そうやって次は、怖がりながらも前進して、確からしい「理解」に近づいていけたら…。
よく小難しいことを言う友人は、こうも言っていた。
“「理解」というのは閉じていて、その意味で全ての理解は間違いだし、正解だと思う”
「理解」には、暴力性が常に潜んでいて、それを排除することは原理的に不可能なのかもしれない。
ただ一方で、その暴力的で独善的な理解なくしては何も見えないし、何も人に見せられないというのも事実で、そこが難しいところなのだけれど、それでも、そんなこんなを呑み込んで乗り越えた上で、私自身のそのときの「理解」の形を、映像に焼き付けていくしかないのだと思う。
ディレクターデビューは、たくさんの失敗と後悔が詰まったものになった。
しかし同時に、多くの出会いと抱えきれないほどの学びにも恵まれた。
ディレクターは、苦しくて、苦しくて、幸せなしごとだ。
取材と制作の過程でお力添えくださった、すべての方々へ、心から感謝します。
番組、どうかご覧になっていただけたらと思います。
(池田彩乃)