「私がつくった番組 マイテレビジョン」セレクション SEASON 5

「私がつくった番組 マイテレビジョン」セレクション SEASON 5

「テレビ番外地」と呼ばれた1970年代の東京12チャンネルで放送された伝説の番組『私がつくった番組 マイテレビジョン』。その貴重なテープが、制作会社であるテレビマンユニオンの倉庫から発掘された!それは、毎週各界の超一流スターたちが「自ら企画・構成・出演する」という画期的な30分。今回は「SEASON5」として、舟木一夫、青島幸男、鰐淵晴子の回を放送。

番組をナビゲートするのは、爆笑プレゼンパフォーマンスで人気沸騰中のプロレスラー、スーパー・ササダンゴ・マシン。今日のテレビ界では決して作りえない、そして、地上波では再放送もされないであろうこの番組が、45年の時を経て、今、蘇る!(※全48回の中から、計15本をセレクトして放送!)

◆「SEASON 5」放送回◆ 
#13 舟木一夫 愛と別れの青春 1972/11/24 O.A. ディレクター 佐藤輝
「高校三年生」での鮮烈なデビューから10周年を迎えた27才の舟木一夫が、恋愛観・結婚観から、音楽との出会いまでを、赤裸々に語る。5年間付き合った女性との別れの話、小学生4年生の時におばあちゃんに買ってもらったハーモニカの生演奏など、貴重なエピソードと生歌で綴る30分。

#14 鰐淵晴子の青春テレビ 1972/9/29 O.A. ディレクター 重延浩
鰐淵晴子(当時27歳)が、踊り、語り、歌う、30分。本格的女優デビュー作「ノンちゃん雲に乗る」撮影秘話を語り、スタジオライブでは歌や踊りを披露。バックバンドとの打ち合わせ風景もそのまま放送する斬新な演出で、素顔の鰐淵晴子が垣間見える。

#15 青島幸男の俺を斬ってくれ! 1972/12/7 O.A. ディレクター 加納一行
当時40歳、参議院議員の青島幸男が、「俺を斬ってくれ」というコンセプトの元、番組スタッフが人選した3人のゲストからの追及に真剣に答える30分。


◎ナビゲーター:スーパー・ササダンゴ・マシン
◎ゲスト:山里亮太(南海キャンディーズ) うしろシティ 

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スタッフ

プロデューサー 渡辺誠 杉本友昭